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最終確認となった“聞き込み”で、取り引きに必要な紹介状代わりの“符丁”を入手し、
こんなものを渡したとバレちゃあキミの居場所もなくなっちゃうよねぇなんて脅すことで
恐持ての用心棒さんの口を噤ませと。
日頃のフワフワとしたちゃらんぽらんさはどこへやら、
さすが元ポートマフィア幹部という片鱗を示したおっかない大先輩様。
「あとはそれらしい紹介文を偽装して、
政治家の秘書を装った誰かさんが
この符丁を添えて相手方の担当者へ目通りをとればよし。」
そこからは軍警のおとり捜査班の人のお仕事だそうで。
自分たちへと割り当てられた分はこれにて終了だよと、
緊張を解くべく手頃なお店に入り、二人での打ち上げだとソフトドリンクで乾杯としゃれ込む。
勿論のこと、敦はオレンジジュースを頼んでもらい、
目の前のカウンターで新鮮そうなオレンジを一から絞ってもらったことへ
感動の眼差しを向けていたりして。
「社の方へ戻るのですか?」
「まさかまさか、だったらこんなの飲めないよ。」
太宰が注文したのはハイボール、しっかりとウィスキーを使ったアルコールものであり。
社の方では聞き込み完了という報を受けた国木田が残っているのに
酒臭い身で帰れるはずないでしょと くつくつ笑って、
「私も真っ直ぐ帰りたいしね。」
ふふんと笑った妙に含みのあるお言いようへ、ああと敦にも思い当たリがなくはなく。
「そういえば、あk…彼が待ってるとか。」
こんな開けた、しかも自分たちがそうだったよに情報収集に活用されやすい場で
名前を出すのはいかがなものかと、口ごもったあと ぼやかした言いようをした敦だったのへ、
心遣いありがとという意か
表情も豊かな目許をたわませ ふふと微笑った太宰が言うには、
「私と同じでカレンダー通りに休みがあるってわけじゃないのは先刻承知だけど、
今週末は明日から続けて休めるらしくてね。」
なので、直接向こうへ戻ることになってるのと、
訊いてもない段取りをほのかな笑みを噛みしめつつ口にする。
ある意味 対岸に立って真っ直ぐ睨みつけ合うほどに立場は遠い、
なのにどうしようもなく互いを愛しいと思う同士、
世にいう“わりない仲”に違いなく。
なので何につけホントは内緒にしといた方がいいことかも知れぬが、
でもでも事情が通じている、数少ない同志のような相手なのだもの、
ついのこととて聞いてほしいと思ってしまった太宰なのだろうと、
そこのところは敦にも通じて。
連休を一緒にいられるとは良かったですねと、
自分のことのよに素直に喜び、
「寂しいとか口に出して言う人じゃないですものね。」
「そうなんだよね。」
どんなに強い異能者でも孤独は辛いし、
誰かと居る暖かさを知れば尚のこと、寂しくないなんて筈がないのにねと、
そこは彼の側でちゃんと判っている口振りで。
ああ出来た人だなと、敦の目許が和む。
時に行方をくらましたり、逆に騒動を持ち込んだりもする困ったお人だが、
大事にしなきゃいけないことへは
ゆったりと双腕広げて囲う寛容さをちゃんと持ち合わせており、
時に惑うことの多かりし敦も、その許容の中で随分と守られ導かれたものである。
“そこを嫉妬されてた時期もあったようだけど…。”
いや嫉妬というのとも違うかなと、
寡黙な漆黒の覇者さんへの最適だろう言葉を探しておれば、
「こういうところへ行くのだと言っても妬いてはくれない子だしねぇ。」
「…え?」
思いを巡らせていたことと微妙にシンクロしたのへギョッとしかかれば、
さすがにそこまで気づいちゃいないものか、
「馬鹿だなぁ、キミより綺麗な子がいるものかなんて取り成して口説けるのにね。
あの子ったらそういう観念は薄いというか、
私へも執着がないではなかろうに、直には“思うようになさいませ”ととことん控えめでね。」
にやにやと笑っているところを見ると、判りやすい強がりならしく。
あ、のろけだと、思ったが気付かぬふりでストローを咥えておれば、
「どっちを取るのか優先するのかなんていう話題でかろうじて反応する人といや、
中也か敦くんくらいだろうねぇ。」
そんなお言いようをして、肩をすくめる太宰であり。
「……何でボクが。」
「あの子からすりゃ “おとうと弟子”だから。」
ちょっとドキドキしたものの、ああそっちかと思わず安堵。
今日も朝一番の電話の中で“困らせちゃダメですよ”とクギを刺されたと言い、
「放っておけないらしいよ、直には言ってないだろけど。」
「ありゃま。」
あんな強くて一人前な人から、不器用ながらも気に掛けられているだなんて。
ちょっと前までは八つ裂きにしてやるとまで言われていたのに、極端な。(まったくだ)
何だかくすぐったいなと大きに照れてから、
お顔を見られるのが恥ずかしくって視線を逸らしてボックス席がある方へと向いたところ、
“……あ。”
その視線がとあるものを捉えて止まる。
結構広いラウンジ型のクラブで、ボックス席は20ほどもあるだろか。
そんな中のカウンター寄り、通路側にあたる面がこちらへ開いた格好の席には、
いかにも煌びやかなナイトドレスとふんわりと盛った髪型も華やかな、
ホステスだろう女性が3人ほどついており。
そんな女性陣を相手に、何やら屈託ない話を繰り出しては場を沸かせている男が一人。
ちょっと行儀が悪い座り方、脚を開いて身を倒しての前かがみになっているが、
時折ホステスたちが耳を澄ますようにして同じようにテーブルへ身を寄せるのは、
思わせぶりに声を小さくして内緒話のように持って行くかららしく。
そんな風に緩急をつけた話し方をするところがまた、彼女らの関心を引き続けているようで。
「あら、中原さん来てるのね。」
「あの人、踏ん反り返らないから好きだなぁ。」
カウンターの傍を通り過ぎた別の女性らがそんな会話を落としてゆき、
おやとそれを聞いてか、太宰が敦の様子にやっと気づいた。
それこそ手の届かぬ遠い向こう岸を見るような、
呆然としているのだろお顔が小さな背中からでも窺い知れて、
“ありゃまあ。”
間の悪い奴だとこそりと息を一つつき、
上着のポケットから取り出した携帯を操作して…それから、
「敦くん、そろそろ帰ろうか。」
小さな肩へと手を置けば、
まるで夢から覚めたようにハッと我に返ったようで。
ちょっと覚束ないお顔で振り返ったそのまま、スツールから降りかかったが、
「おい、何で未成年を連れてこんなとこにいるかな。」
そんな声が頭上からして、思わずのこと小さな背中がすくみ上がる。
結構距離があったし、お喋りが興に乗っているようだったから、こちらには気づくまいと思ったのに。
余程に焦って駆けつけたのか、太宰へと向けられた語調も荒くて、
やはり通りかかったホステスらが恐々と遠巻きにしたほど。
「私と一緒だから大丈夫なんじゃないか。」
見くびらないでくれたまえよとやや斜に構えた眼差しで相手を見据え、
そのまま“さあ行こうか”と敦を促す太宰だが、
そんな彼が敦の肩に置いた手を掴んで剥がすと、
「あとは俺がついてるから、お前だけ帰れ。」
ともすれば駄々っ子のような言いようを突き付けてくる。
ちらと見下ろした少年のお顔はどうとも決めかねているような、
依然としてぼんやりとしたそれだったので、
このまま二人きりにするのは案じられるなと思わぬでもなかったが、
「どうする、敦くん。このまま中也の言い訳を聞くかい?」
「な…っ。」
女性陣を沸かせてたところ、此処からもようよう見えてたからねと、
こちらから見えてた光景というのへさらりと触れてから、
「まあ、恐らくは太鼓持ち、護衛を兼ねた接待役だったんだろうけど。」
「…っ。」
そうと付け足せば、それまでぼんやりしていた敦の表情にややピントが戻る。
そろりと肩越しに背後へ視線を向ければ、
さっきまでは朗らかに笑っていたお顔を不機嫌そうに尖らせた中也がいて、
その向こう、先程の席には、さっきまではいなかったずんと大人の男性が二人ほど増えており。
「離れてもいいのかい?」
「余計な世話だよ。」
そうという会話を続けている彼には構わず、
向こうでは では河岸(かし)を変えましょうかとホステスさんたちごと席を立っている気配。
そのうちの一人、モノクルを付けたロマンスグレイの男性が、
ちらとこちらへ目配せを送ったのへ、太宰が目礼を返しており。
後で聞いたら、ポートマフィアの広津さんというベテランの構成員さんだとか。
武闘派組織『黒蜥蜴』のリーダーで、冷酷苛烈な処断に定評もある怖い人でありながら、
身内へは寛容で融通が利き、もはや裏切り者と呼ばれよう立場の太宰とも交流がなくはないそうで。
「あの…。」
太宰との睨み合いを続ける中也へ、
あちらへ戻らなくてもいいのかとの視線を投げつつ、彼もまた訊きかけた敦だったが、
「もうお開きだったからな。俺もこのまま帰るところだったんだがよ。」
本日の接待の主賓である某商工会のお偉いさんへ、
最後に一つ、極秘の伝言があると言い、広津が彼を伴って席を離れた間、
場が白けるのも何だと、ついつい話を弾ませていただけのこと。
まさかに同じ空間にこっちの二人が居合わせようとは思わなかったし、
疚しいことなぞしちゃあいないぞと、あくまでも胸を張る彼なようだったれど。
「……でも、綺麗な女の人たちと一緒で嬉しそうでしたよね。」
小さな肩を落とし、ちょっぴり項垂れたまま、
聞こえるかどうかという小声で、ぽつりとつぶやく少年で。
ほらごらんと責めるような目をした太宰へ 何だよと睨み返すあたり、
もしかして豪気で男らしいからこその反動、細かすぎる機微には疎い中也なのか。
いやいやそんな単純なことではなかろうと、
考え込みかかった太宰の方へ、何かがゆらりと倒れかかる。
「え?」
「な…。」
この子は何でいつも、こういう無造作で大胆な倒れ込みようをするものか。
膝から落ちるのではなく、顔から前へとその身を倒す敦だったのへ、
わあと中也がその背中で罰点を描くサスペンダーを引っ掴み、
やや勢いの緩んだことで痛くはなかったろう軟着陸という格好で、
正面にいた太宰は小さな肩を受けとめる。
男と抱き合う趣味はないとかどうとか言ってたけれど、
あれはさすがに撤回されているらしく。(当社調べ ) 笑
「何だ、どうした。」
貧血起こすほど体調が悪かったのかと、
相変わらず心当たりがないような言いようをする素敵帽子さんには、
「……っ 」
さすがに殴ってやろうかとむっかり来たものの、
こっちが先かと思い直し、何とも軽いその身を抱え直して
がっくりと項垂れた首の先、力なく俯いたお顔を覗き込めば、
日頃、淡雪のように真っ白な頬が驚くほど真っ赤で、
しかも何だかその身がいやにぐにゃぐにゃとしており。
「…もしかして酔っ払ってるよ、この子。」
「な…。」
目を閉じてすうすうと、可愛い寝息を立てており。
体に力が入らずという容体からして、酒に弱い子がすぐ寝てしまうパターンそのもので。
だがだが、飲んでいたのは間違いなくオレンジジュースだ。
しかも果実から絞ってもらったのだからアルコールを混ぜようがなく。
「まさかとは思うけど、店内の匂いで酔ったとか?」
「そこまで弱いのか?」
いや、虎の異能のせいで匂いに敏感だからじゃないかなと、
その虎の子が観ているよと、目の前の帽子置きくんへメールを送った太宰さん、
ひょいと肩をすくめて苦笑したのだった。
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